性質および化学反応

 銀灰色の金属元素であり「くろがね」と呼ばれ、元素記号はラテン語のFerrumに由来する。空気中では徐々に酸化され、湿った空気中では錆が内部まで進行し水和酸化鉄(Ⅲ)で覆われる。細い線状にしたスチールウールは空気中で燃焼し、微粉末は空気中で発火する。
 塩酸および希硫酸と徐々に反応して溶解し淡緑色の2価のアクア鉄イオン[Fe(H2O)6]2+を生成するが、これはやがて空気酸化され3価に変化する。希硝酸中ではニトロシル錯体[Fe(NO)(H2O)5]2+を生じて黒褐色溶液となり、次第に3価イオンとなる。濃硝酸中では酸化皮膜を生じて不動態となり、反応が停止する。3価のアクアイオン[Fe(H2O)6]3+は本来淡紫色であるが、通常は水溶液中で加水分解しヒドロキソ錯体[Fe(OH)(H2O)5]2+などを形成して黄色を呈する。うすいアルカリとはほとんど反応しないが、沸騰した濃水酸化ナトリウム水溶液とは徐々に反応しテトラヒドロキソ鉄(Ⅱ)酸イオンを生成する。
 通常「鉄」と称しているものは鋼鉄であり、0.1〜2%程度の炭素および微量のマンガンなどを含む。純鉄は電気分解または鉄カルボニル[Fe(CO)5]の熱分解などで製造され、純度の高いものほど軟らかく、さびにくくなる。鉄は著しい強磁性を示し飽和磁気モーメントσsは20℃で218.0 [4π×10-4Wb·m]、770℃のキュリー点以上では常磁性となる。
 鉄は何段階かの相転移を起こし、室温では体心立方格子のα鉄であるが、キュリー点以上はβ鉄、910℃で結晶格子が変化して面心立方格子となったものはγ鉄、さらに1400℃以上では体心立方格子のδ鉄に変化する。

塩酸との反応 Fe + 2HCl → FeCl2 + H2
2価イオンの酸化 4Fe2+aq + O2 + 6H2O → 4FeO(OH)(s)↓ + 8H+aq
鉄(Ⅲ)イオンの加水分解(酸解離平衡) [Fe(H2O)6]3+ [Fe(OH)(H2O)5]2+ + H+ K = 6.8×10-3
熱濃水酸化ナトリウム水溶液との反応 Fe + 2NaOH + 2H2O → Na2[Fe(OH)4] + H2
ヘキサシアノ鉄(Ⅱ)酸イオンと鉄イオン(Ⅲ)の反応 K+ + [Fe(CN)6]4- + Fe3+ → K[FeFe(CN)6]↓
ヘキサシアノ鉄(Ⅲ)酸イオンと鉄イオン(Ⅱ)の反応 K+ + [Fe(CN)6]3- + Fe2+ → K[FeFe(CN)6]↓
鉄(Ⅲ)イオンとチオシアン酸イオンとの平衡 [Fe(H2O)6]3+ + SCN- [Fe(SCN)(H2O)5]2+ + H2O K = 9×102

鉄の単体(純鉄)

自然界における存在

 単体として産出する鉄は、ほとんどが隕石である。隕鉄は数%のニッケル、0.3%程度のコバルトおよび数ppm程度の白金族元素を含む。古代の鉄製品には隕鉄から造られたと考えられるものがあるが、成分分析により識別が可能である。地球中心部の内核および外核は地震波の解析により計算される物理的性質および隕石の成分などから、鉄を主成分とし、数%のニッケルおよび硫黄などが加わったものから構成されると推定されている。
 火成岩中では鉄は主に輝石(Mg,Fe)2Si2O6、カンラン石(Mg,Fe)2SiO4および磁鉄鉱Fe3O4などの有色鉱物として普遍的に存在する。磁鉄鉱を含む岩石が風化し、堆積したものが砂鉄である。鉄鉱石には磁鉄鉱および赤鉄鉱Fe2O3などがあり、それぞれ黒錆および赤錆の成分でもある。磁鉄鉱は逆スピネル型構造をとり、これは酸化物イオンが面心立方格子をなし、この正四面体型4配位サイトの1/8をFe3+が占め、正八面体型6配位サイトのそれぞれ1/4をFe2+とFe3+が占めている構造であり強磁性を示す。
 鉄分を含む岩石が風化し、水酸化鉄(Ⅲ)が沈着して生成したものが褐鉄鉱である。植物の根に筒状に生成したものは高師小僧と呼ばれ、団塊上に沈着した後乾燥することにより内部に空間が生じたものは鳴石と呼ばれる。また黄鉄鉱が風化変質し、五角十二面体あるいは立方体の結晶形を保持したものはそれぞれ武石および枡石と呼ばれる。
 赤血球の色素であり、体内に酸素を運搬するはたらきのあるヘモグロビンは分子量が8万程度のたんぱく質で、4つのサブユニットと呼ばれる単位からなり、それぞれの中心部にヘムと呼ばれるポルフィリン環に囲まれた鉄原子が存在し、これが酸素分子をゆるく結合させるサイトである。
磁鉄鉱 ユタ州産
赤鉄鉱

鳴石(褐鉄鉱) 西表島産
隕鉄(ギベオン隕石) ナミビア産

工業的用途

 鎔鉱炉で鉄鉱石、コークスおよび石灰石を反応させてできる銑鉄は、約4%の炭素および1%前後のマンガンおよびケイ素、さらに少量のリン、硫黄などを含み硬くて脆いが、融点が比較的低く湯流れが良好であるので、鋳鉄としてマンホールの蓋などの材料として用いられる。鎔けた銑鉄を転炉に移し屑鉄を加え、酸素を吹き込んで炭素量を調節した鋼鉄は、伸ばして棒状にしたり、圧延して鋼板とし各種構造材料として用いられる。釘、針金、電磁石の芯などはは炭素量の少ない軟鋼が用いられ、刃物などは炭素量の多い硬鋼が用いられる。
 日本古来のたたら製鉄では原料として砂鉄および木炭を用い、天秤ふいごにより空気を送りながら2週間程度燃やし続け、玉鋼を得ていた。手工業で小規模であるが良質の鉄が作られていた。

鉄の製錬
コークスによる直接還元 3Fe2O3 + C → 2Fe3O4 + CO ΔH °= +125.2kJ
Fe3O4 + C → 3FeO + CO ΔH °= +191.8kJ
FeO + C → Fe + CO ΔH °= +161.4kJ
一酸化炭素による還元 3Fe2O3 + CO → 2Fe3O4 + CO2 ΔH °= -47.1kJ
Fe3O4 + CO → 3FeO + CO2 ΔH °= +19.5kJ
FeO + CO → Fe + CO2 ΔH °= -10.9kJ

ヒ銑 たたら角炉伝承館(島根県仁多町)
しまなみ海道 来島海峡大橋

主な化合物

化合物中では鉄原子の酸化数は+2,+3をとることが多い。

FeSO4·7H2O 硫酸鉄(Ⅱ)七水和物(硫酸第一鉄,緑礬) Iron(Ⅱ) Sulfate Heptahydrate (Ferrous Sulfate)
Fe(NO3)3·9H2O 硝酸鉄(Ⅲ)九水和物(硝酸第二鉄) Iron(Ⅲ) Nitrate Nonahydrate (Ferric Nitrate)
FeCl3·6H2O 塩化鉄(Ⅲ)六水和物(塩化第二鉄) Iron(Ⅲ) Chloride Hexahydrate (Ferric Chloride)
K4[Fe(CN)6] ヘキサシアノ鉄(Ⅱ)酸カリウム(黄血塩) Potassium Hexacyanoferrate(Ⅱ)
K3[Fe(CN)6] ヘキサシアノ鉄(Ⅲ)酸カリウム(赤血塩) Potassium Hexacyanoferrate(Ⅲ)

硫酸鉄(Ⅱ)七水和物
硝酸鉄(Ⅲ)九水和物



電子配置
1s22s22p63s23p63d64s2
[Ar]3d64s2
第一イオン化エネルギー
759.40 kJ/mol
7.870 eV
電子親和力
15.7 kJ/mol
0.163 eV
密度
7.874 g/cm3 (20℃)
結晶格子
体心立方格子(bcc) a=2.8664Å
熱容量Cp(比熱)25℃
25.10 J/mol K (0.1074 cal/g K)
融点
1536℃
沸点
2863℃
地殻中存在比
5.0 %
海水中存在比
2 ppb
大気中存在比
-
宇宙存在比(Si=106)
9.0×105


同位体
核種
相対質量
スピンパリティー
半減期
天然存在比
壊変
52Fe

51.948113875

0+
8.275 hr
-
β+56.5, EC43.5
54Fe

53.939610501

0+
stable
 5.845%
-
55Fe

54.938293357

3/2-
2.73 yr
-
EC
56Fe

55.934937475

0+
stable
91.754%
-
57Fe

56.935393969

1/2-
stable
 2.119%
-
58Fe

57.933275558

0+
stable
 0.282%
-
59Fe

58.934875464

3/2-
44.503 d
-
β-
60Fe

59.934071683

0+
1.5×106 yr
-
β-


n
H
He
Li
Be
B
C
N
O
F
Ne
Na
Mg
Al
Si
P
S
Cl
Ar
K
Ca
Sc
Ti
V
Cr
Mn
Fe
Co
Ni
Cu
Zn
Ga
Ge
As
Se
Br
Kr
Rb
Sr
Y
Zr
Nb
Mo
Tc
Ru
Rh
Pd
Ag
Cd
In
Sn
Sb
Te
I
Xe
Cs
Ba
Hf
Ta
W
Re
Os
Ir
Pt
Au
Hg
Tl
Pb
Bi
Po
At
Rn
Fr
Ra
Rf
Db
Sg
Bh
Hs
Mt
Ds
Rg
Uub
Uut
Uuq
Uup
Uuh
Uus
Uuo
La
Ce
Pr
Nd
Pm
Sm
Eu
Gd
Tb
Dy
Ho
Er
Tm
Yb
Lu
Ac
Th
Pa
U
Np
Pu
Am
Cm
Bk
Cf
Es
Fm
Md
No
Lr



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